東京電力は9030億円の特別損失計上。福島第一原発事故から10年、23.4兆の賠償はどこまで進んだのか

※事故は2011年3月11日発生。執筆時点(2025年8月16日)では14年余が経過しています。本稿では一般に流布する「10年の節目」を踏まえつつ、最新の一次資料で“いま”を点検します。


要旨(3分で分かる現在地)

東電は2025年4–6月期に、燃料デブリ取り出しの準備費として9,030億円の災害特別損失を一括計上。四半期最終損益は▲8,576億円と大幅赤字に転落しました。

政府が示す「事故対応費の枠組み」は大きく(A) 賠償・除染・中間貯蔵=15.4兆円(交付国債の発行限度額)と、(B) 廃炉=8兆円想定に分かれ、合計23.4兆円(資料によっては関連費を含め23.8兆円の表現も)。

このうち(A) 15.4兆円ゾーンは、東電の累計支払い11.5902兆円(2025/8/8時点)まで進捗。約75%消化/残約3.8兆円が最新の実務ベースです。

(B) 廃炉8兆円は工程見直しのたびにブレが出る局面で、既支出は概ね2兆円規模、今回の特損で超過リスクが意識される段階に入りました。


東京電力9030億円の「特別損失」は何が起きたのか

2025年7月31日、東電は2025年度第1四半期(4–6月)決算で、燃料デブリ取り出し“準備作業”に係る新規見込みを災害特別損失として9,030億円計上したと公表しました。背景には、原賠機構(NDF)の小委員会で示された準備作業の在り方(アクセス方法の複線化・建屋内撤去・除染・調査等の前広な整備)があり、これを受け見積りを一段切り上げて即時認識した格好です。結果、四半期純損益は▲8,576億円へ。経常段階は黒字でしたが、特損のインパクトが極めて大きかったことが分かります。

総額「23.4兆円」賠償の正体──何が含まれ、どう手当てされるか

政府は2023年12月、東電福島第一事故に伴う賠償・除染・中間貯蔵の必要額見通しを1.9兆円増額し、交付国債の発行限度額を13.5兆→15.4兆円へ引き上げました。内訳は賠償約9.2兆、除染約4.0兆、中間貯蔵約2.2兆。

この15.4兆円(A)に、別建ての廃炉想定8兆円(B)を足し合わせた合計が、世に広まる「23.4兆円」の基礎です(「事故対応費23.8兆円」とする資料は、周辺費を含める試算の違い)。

どこまで進んだ?「(A) 賠償・除染・中間貯蔵(15.4兆円)」の進捗

東電の「賠償金のお支払い状況」によれば、累計支払いは11.5902兆円(本賠償11.4346兆+仮払0.1556兆)。15.4兆円に対する進捗は約75%、残約3.8兆円が目安です。NDFから東電への累計交付金も11.4兆円まで伸び、支払い実績と整合しています(2025/7/24公表)。

この「(A) ゾーン」は制度面の確からしさが高く、残額の見通しが立てやすいのが特徴。もっとも、中間指針の見直しや帰還困難区域の進捗によって必要額が再び上振れる可能性はゼロではなく、交付国債枠は今後も政策判断で見直されうる設計です。

最大の不確実性:「(B) 廃炉(8兆円想定)」の揺らぎ

廃炉は技術的不確実性の塊です。デブリ取り出しは、準備作業だけでも10年以上の長丁場。今回の9,030億円特損は、その準備費の見直し(アクセス工法の複線化や建屋作業の前倒し・拡充)が主因。報道ベースでは、既支出は約2兆円、今後の設備・工程を含めると5兆円規模に達しつつあり、想定8兆円の超過リスクが意識されています。

東京電力廃炉の技術的不確実性による隠れたコストと費用負担増の理由

ここで重要なことは廃炉費は一括の交付国債スキームの直接対象外(賠償・除染・中間貯蔵の外側)。見積改定があれば、東電の損益・純資産を直撃し得ます。

「誰が払うのか」—費用負担スキームの再確認

東電:賠償の一次責任を負い、特別負担金をNDFへ拠出。廃炉費は東電会計で直接反映(必要に応じ特損計上)。

他電力:一般負担金として毎年度拠出(業界全体での分担)。

国(NDF):交付国債を通じ資金を東電へ交付。将来は一般・特別負担金+運用益等で償還。制度上、不足時のリスクは政策で対応。

東京電力の福島コスト総額23.4兆円の負担先の構造について

この枠組みは、賠償の迅速性と長期の財源確保を両立させる設計。一方で、廃炉の見積りブレが東電の財務を揺らし、配当復配や投資余力を抑える構図はなお続きます。

「回復しつつある本業」vs「続く福島コスト」

燃料費調整の期ずれ改善や料金改定の定着で、本業の採算は回復しました。しかしFY2025 1Qのように、見積改定→特損の一撃で純資産と自己資本比率が毀損し得ます。投資家目線では、

(A) ゾーンの残額消化速度(四半期進捗)、

(B) 廃炉見積の改定タイミングと額、

政策・制度変更(交付枠・負担金率)、
バリュエーションの“地盤沈下/地盤改良”を左右します。

数字で俯瞰:最新スナップショット(2025年8月時点)

(A) 賠償・除染・中間貯蔵(交付国債枠 15.4兆円)

累計支払い:11.5902兆円(本賠償11.4346兆+仮払0.1556兆)。

進捗率:約75%。残約3.8兆円。

NDF→東電 交付金累計:11.4008兆円(2025/7/24発表)。

福島第一原発事故の賠償の進捗率は75%程度。累計支払い11.59兆円/15.4兆円

(B) 廃炉(想定 8兆円)

既支出:約2兆円規模(報道集計)。

新規認識:準備費 9,030億円の特損(2025/4–6期)。

リスク:総額8兆円超の可能性が高まりつつある、との見方。

なお、事故対応費23.8兆円とする政策資料(発電コスト検証WG)は、23.4兆円の枠組みに周辺費を加味した“より広い概念”の推計です。文脈に応じて使い分けが必要です。

東京電力の増大する潜在的支出の図解

今後2–3年の重要イベントとKPI

廃炉工程の詳細化:3号機の本格デブリ取り出し時期・準備工程の前倒し/後ろ倒しが追加費用と特損タイミングを左右。

交付枠の運用と残高:15.4兆円枠の執行ペース、交付決定額と実際の交付額のギャップ。

四半期ごとの賠償支払い進捗:累計支払い→残額のウォーターフォールで可視化。

政策変更リスク:一般負担金/特別負担金の見直し、帰還困難区域等の政策進展。

投資家・ステークホルダー向けチェックリスト

(A) 残額の消化速度:四半期でどれだけ減ったか。

(B) 見積改定の兆候:NDFの各委員会資料・小委員会での工法評価・工程変更。

決算注記:災害特別損失の定義と注記事項、BSの引当・受入金の推移。

交付国債と制度サイド:白書・経産省資料での最新方針。

結語──「回復する本業」と「終わらせる責務」の二重経営

福島第一の事故処理は、加害企業としての賠償の完遂と前例のない廃炉プロジェクトという二重の責務を伴う、超長期の経営課題です。
(A) 15.4兆円の領域では四半世紀スパンでの償還設計が敷かれ、進捗75%まで来ました。一方で、(B) 廃炉8兆円は技術が工程を、工程が会計を動かす。9,030億円の特損は、その不確実性の大きさを改めて示しました。
「乗り越えたか」と問われれば、“本業は立て直りつつあるが、事故対応からの完全脱却はなお道半ば”。だからこそ私たちは、数字と工程を粘り強く追い、制度の透明性を問い続ける必要があります。

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